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日本の塩づくりの始まりは?原始的な製塩で日本の塩づくりは昔から海岸の近くで行われました。それは外国のように岩湖塩や塩湖のようなものがほとんどない日本では塩の原料をまわりの海から求められたことによるそうです。塩づくりの作業工程は大きく二つに分けられます。一つは海水からより濃い塩水をとる採かん工程と、そのかん水を煮詰めて塩をつくるせんごう工程です。
塩田というのを皆さん知っていますか?塩田とは海水から塩を取るためにつくられた砂の田んぼの事なんです。中世から近代にかけては塩田を利用することによって塩の生産性がよりいっそう高められたそうです。塩田には揚げ浜式と入り浜式があり、揚げ浜式は海水を人力で塩田まで運んで海水を散布する作業が必要です。一方の入り浜式は湖の干満を利用して海水を自動的に塩田へ導入する方法です。この製法は自然の太陽熱と風力を利用して海水をまくか浸透した塩田より水分を蒸発させ、塩分の付いた砂をかき集め容器に入れて、それに海水をそそぎこむことによってより濃いかん水をろ過して取る方法です。
屋我地マースは職人の魂が込められている!
屋我地の場所は現在の沖縄県名護市に位置します。この土地に塩業を開いたのは1879年の廃藩置県後、地方におりた士族の真喜志康嗣という人物です。屋我地の製塩は戦後も引き続いて行われていたが、1955年に泡瀬(現在の沖縄市)において再製塩が行われるとともに衰退していきました。
世の中が安定するにしたがって海外との貿易も盛んになって安い塩が輸入されるようになりました。そんな中であえて機械を使わず昔ながらの手作業で作ることによって大量生産はできませんが、屋我地マースの一つ一つに普通の塩では決して得られない職人の心や職人魂が込められています。そんな伝説の塩を是非味わってみませんか?